雄王忌 2024
4月13日 — 東京で執り行われた雄王忌
異郷に暮らす者の胸の奥で燃え続ける、ふるさとへの熱い想いの場として。
私は1983年の創設当時から、日本在住ベトナム人協会の創立メンバー、会員、そして理事の一人として、協会の主催する大きな行事に出席しなかった年はほとんどありません。雄王忌、すなわち「建国記念日」と訳された日もまた然りです。この巧みな訳語は、昨年3月に他界した同窓の友であり当時の副会長を務めた Nguyễn Mỹ Tuấn が考案してくれたもので、私はこの50年間、日本人と接するたびにこの呼び名を用い続けてきました。式典に参加するたび、懐かしい顔ぶれと新しい顔ぶれの双方に再会し、「Tuấn Huế」の愛称で親しまれていた長老 Nguyễn Hữu Tuấn 氏や、彦根の元海軍中尉 Thành 氏とも再会の機会を得ました。Quế Anh、Khánh Huyền、Như Ý といった若く美しい姪たちにも会えました。
昨年2023年は、Lê Hồng Quang 先生のグループによる「母の呼びかけ」というテーマのもと、東京のベトナム人コミュニティとともにこの日を迎えました。本年2024年は「雄王の気概 — 四方より集う」というテーマで、若い仲間たちが企画・運営の一切を担う形で執り行われました。一参加者として、その場で感じた想いをここに書き留めたいと思います。
式典は東京のほぼ中心に位置する市ヶ谷の大きなホールにて開催されました。収容人数は200名にのぼり、日本に定住あるいは滞在する多くの同胞が集いました。会場には祝祭の華やいだ空気が流れ、若い女性や少女たちがまとう美しいアオザイの裾が会場を彩りました。
垂れ流れる三つ編みの髪 微笑みは慈しみに満ち、真珠のような白い歯がのぞく しなやかにたなびくアオザイの裾 妹をいっそう気高く凛々しく見せ 花のように美しい顔立ちと 深く澄んだまなざしには夢が宿る 彼女は美女か、それとも天女か
(ネット上で見つけた詩より)
晴れやかな表情、屈託のない笑顔の数々を眺めながら、私は深い感動を覚え、自分たちが歩んできた道が若い世代によって「創造」の精神とともに受け継がれていることに確信を持ちました。半世紀以上も故郷を離れている者もいる、ふるさとから遠く離れた地にあっても、参加者の一人ひとりの胸の中で、祖国とふるさとへの愛は燃え続けている。私はそう信じています。
開会は4月13日午後1時30分、定刻通りに行われました。今年の祝祭の特徴は、多くの若者の参加です。新しい風と活気が会場全体に流れ込みました。若いメンバーたちが「プロフェッショナル」と呼ぶにふさわしい綿密さで準備にあたり、ふるさと、人、暮らしへの愛にあふれた素晴らしい文化プログラムを次々と披露してくれました。輝く表情、温かく明るい歌声を見るにつけ、現代の若い世代は確実に民族の根源と深く結びつき、それを大切にしているのだと実感しました。
その厳粛な空間に足を踏み入れた瞬間から、込み上げる感情に胸が満たされました。最初に「印象的」だったのは、運営委員会の顔ぶれの変化です。例年のように「ご年配の方々」だけではなく、今年は多くの若者が参画しており、伝統の継承と発展が見事に体現されていました。
会長 Phan Thị Thanh Hương 氏の挨拶により式典が開幕。厳かな雰囲気の中、3名の長老が祖国の祭壇の前で恭しく供物を捧げました。式次第は荘厳に進み、私たちの民族の数千年にわたる輝かしい伝統と深く結ばれていました。祝祭の「ハイライト」は、雄王の御霊に捧げる献香の儀式でした。Hà Mỹ Xuân さんが祭文を朗読し始めたとき、私は息を呑み、湧き上がる感情に胸が震えました。ふるさとの風景、根源の記憶が次々と眼前によみがえりました。黄金色に実った稲田、素朴な藁葺きの家、誠実で穏やかな人々の姿。先祖の英雄的な歴史の物語と、民族の偉大な戦勝の記憶を思い起こしました。
雄王忌(2024年)にて朗読された祖国祭文
日本にて、ベトナム暦4903年3月5日、すなわち西暦4月13日。日本在住ベトナム人協会の代表は、ご先祖の祭壇の前にひざまずき、頭を垂れて奏上いたします。