NPO法人 日本在住ベトナム人協会
VAJ
NPO Hiệp hội Người Việt tại Nhật Bản
NPO法人 日本在住ベトナム人協会
Vietnamese Association in Japan
NPO法人 日本在住ベトナム人協会 関西支部 発足式

NPO法人 日本在住ベトナム人協会 関西支部 発足式

関西地方において、難民世代と、近年来日し定住した若い世代とが顔を合わせる機会は実に久しぶり、おそらく20年近くぶりのことでした。

ここで「年長世代」と呼ばせていただくのは、見知らぬ日本という地で新しい生活の道を切り拓いてきた先達の方々のことです。先週12月18日(日)の集まりに寄せて、グエン・フイ氏が綴った文章を以下に引用させていただきます。

「NPO法人 日本在住ベトナム人協会 関西支部 発足式」

1980年代初頭、関西地方に住むベトナム人は東京と比べてまだごく少数でした。多くの方は施設を出た後、定住先として姫路市を選び、一部の方は大阪や神戸に移り住みました。

1983年、日本在住ベトナム人協会は、大阪でベトナム人コミュニティが形作られつつあるのを受けて、若い仲間たちに関西支部の事務所開設を提案し、活動的な元留学生のNg.Đ.Cẩm氏が運営を担うことになりました。当時の私はまだ来日3年目でしたが、彼に補佐役として選ばれ、会社を辞めて学校に通いながら一緒に事務所に詰めるよう「説得」されたのです。

幸いにも、私の事務所経費と生活費はインドシナ難民連帯会(CSIR)が負担してくれました。そのおかげで、私は関西各地を回り、ビザの更新、子どもの就学手続き、病院など、通訳の必要な場面に駆けつけることができました。さらに協会のメンバーとともに、ホイ・スアン(新暦のお正月)、ベトナム日本交流(旧正月)、国祖記念祭、サマーキャンプ、中秋節などの行事を開き、ベトナム人が多く住む集合住宅では子ども向けのベトナム語教室を開講するなど、年間を通じて活動を続けました。

80年代半ばから90年代終わりまでの十数年間、日本在住ベトナム人協会の関西支部はベトナム人コミュニティの中で大きく成長しました。当時、姫路には6,000人、神戸地域には3,000人、大阪には約2,000人のベトナム人が住んでいました。

しかし、私たちの大恩人であった連帯会の矢田明事務局長の永眠により、連帯会からの支援にも限界が訪れました。事務所は閉鎖を余儀なくされ、私自身も家族の生活のため安定した仕事を求めて働きに出ることとなりました。協会のコミュニティ活動は次第に色あせていきましたが、近年、コロナ禍での救援活動、中国の主権侵害に対する抗議行動、JLPT対策講座、世代間交流の集いといった様々な活動を経て、後にベトナムから来日した若い仲間たちの協力を得て、再び活気を取り戻してきました。

コミュニティ活動を結びつけ、新たに来日した方々を支える組織の必要性を感じ、有志の仲間たちの間で関西支部再建の構想が議論されてきました…」

そして去る12月18日、神戸市にあるベトナム友の会の「希望の家」の敷地内で、20代から70代まで幅広い世代の方々が一堂に会し、7名からなる執行部が発足しました。支部長には、来日32年で現在は商社の社長を務めるグエン・ミン・トゥエン氏が就任。副支部長兼常任委員には若手世代のエンジニアが、年長世代からは機械加工会社の社長と、労務・ビザコンサルタントのグエン・フイ氏が名を連ねました。

来年、関西支部は段階的に具体的な活動を展開していきます。日本社会におけるベトナム人コミュニティのイメージ改善が目標で、これは過去の難民だけでなく、労働者、留学生、その家族など多様な層を含むものとなります。当面の予定としては、彦根でのベトナム語教室開講、ビザ相談会、労働支援、フンヴオン王の命日祭、2023年サマーキャンプの開催が挙げられます。

発足式は、執行部メンバーのご家族が手間をかけて作って届けてくださった、ニャチャン名物のバインカイン・チャーカー(魚のさつま揚げ入りうどん)と、チェー・ダウ・ヴァン(白あずきのぜんざい)といった美味しい料理で締めくくられました。

また会いましょう。

グエン・フイ